2016年12月28日

一家定量 説 ??

「 格差社会 」 をテーマにしたテレビ討論での一コマ。
《 百キンの店で買い物をする事が貧困を生んでいる !! 》
ある出席者が喝破したこの一言は自分の中の 以下のもやもや を払拭してくれた。

『 これほどの品質の製品が、これ程までに安価に手に入って良いのだろうか?
  これらの製品は、誰が・どこで・どの様な労働条件の下で作ったのだろうか?
  そして、どの様な流通を経て、これ程までに整然と店頭に並べられているのだろう
か? 
必ずやどこかに無理がある・歪みがある・悲痛の声がある ・・・ に違いない 』

「 グローバル社会 」 という真新しい単語を初めて耳にした数十年前には 何故か未だ見ぬ社会が、一種の 「 夢 」 を運んで来てくれる様な響きを覚えた。

そして今、「 グローバル社会 」 というその 「 夢 」 は私の中で色褪せ、
一方では、世界中を巻き込んだ大きな転機の訪れを予感させている。

少なくとも、《 経済成長優先・利潤優先・利個(?)優先 》 が続く限りは、 「 社会の在り様としての望ましい格差の無い現実 」 は、永遠に夢の範囲を超える事が出来ないのではないか?

人の命に限界があるように、世の中の全ての事象には限界がある筈です。
経済成長にも、利潤追求にも、利己主義にも、その欲求と実態に限界があって当然です。

今こそ “ 政治 ” の出番なのかもしれません。
様ざまな欲求に制限を設けて歪みを和らげ、適度な平準化を目指すのです。
「 過剰に膨れ上がったバブルはいつの日か弾けるもの 」 という、かつての貴重な体験を思い出すべきです。

ところで、
「 トレードオフ Trade off 」 という言葉が普遍的な 「 社会の在り様 」 を表現している様に思えてなりません。

Trade off : 辞書によれば 「 物々交換する事 」
Wikipediaによれば、「 一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないという 状態・関係のこと 」

チョット意味が違いますが、
我が家には、睡眠の質と量に関しての 「 一家定量説 」 があります。

「 一家 」 の部分に、国家・世界・地球・経済・環境、そして幸福 ・・・ 等々の言葉を当てはめてみたら、社会の実態が見えてくるような気がします。
そして、人間社会の将来の進むべき道が ・・・ 
政治のなすべき大きな役割が ・・・

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ラベル:想い
posted by わかちゃん at 10:45| Comment(0) | 住まい | 更新情報をチェックする
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