2017年02月01日

読解力 が危ない

『 読解力が危ない 』 というタイトルのシリーズが、今、読売新聞に連載されている。
そのタイトルにある残念な現象は、OECDからの昨年12月の公表 (国際学力調査の結果によると、日本における15歳の読解力が世界の中で4位から8位に順位を下げた) を待つまでも無く、さまざまな社会の変容を見れば容易に想像できたことではある。

卑近な例ではあるが、私自身、自分の住む市の広報誌の中に、かつて、それに似た例をいくつか目にしていた。
そして、ほぼ1年前、市が主催するボランティアへの参加を機に、広報誌をくまなくチェックしてみると、なんと、記事の中に十余箇所の不備が ・・・

主語が抜けていたり、目的語がなかったり、諸表の中に必要な数値が記入されていなかったり、等々 ・・・

《 読み手(市民)が理解できない記事はそもそも掲載の意味が無い 》 という視点から、1年を通して数回、担当部署宛に不備と思える点を指摘させてもらった。
「 起草者を除いて、少なくとも二人の校正作業を受けてから掲載する様に 」 の一文も書き添えて。

かくして、市報最近号において、単純な不備は見つからなかった。

『 読解力が危ない 』 という視点から見れば、市報の記事を任された担当者は、
「 読み手(市民)の読解力・理解力 」 への配慮が不十分だったと云う意味で 『 市民の心を読む ・・・ 読解力 』 が欠けていたように思えてならない。
役所に勤める人にとっては必要不可欠な素養である筈なのに ・・・

自分自身は勿論の事、他人に指摘をされないと気付かない事例はいくつもある。

そして
今の社会に於いて 『 危ない 』 事象は数えきれないほどに、日々発生している。

『 危ない 』 事に気付いた人が、その時、たとえ小さくとも 「 声を上げる事 」 が必要なのかもしれない。

庭の蝋梅
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ラベル:想い
posted by わかちゃん at 11:34| Comment(0) | 想い | 更新情報をチェックする
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