2017年02月01日

読解力 が危ない

『 読解力が危ない 』 というタイトルのシリーズが、今、読売新聞に連載されている。
そのタイトルにある残念な現象は、OECDからの昨年12月の公表 (国際学力調査の結果によると、日本における15歳の読解力が世界の中で4位から8位に順位を下げた) を待つまでも無く、さまざまな社会の変容を見れば容易に想像できたことではある。

卑近な例ではあるが、私自身、自分の住む市の広報誌の中に、かつて、それに似た例をいくつか目にしていた。
そして、ほぼ1年前、市が主催するボランティアへの参加を機に、広報誌をくまなくチェックしてみると、なんと、記事の中に十余箇所の不備が ・・・

主語が抜けていたり、目的語がなかったり、諸表の中に必要な数値が記入されていなかったり、等々 ・・・

《 読み手(市民)が理解できない記事はそもそも掲載の意味が無い 》 という視点から、1年を通して数回、担当部署宛に不備と思える点を指摘させてもらった。
「 起草者を除いて、少なくとも二人の校正作業を受けてから掲載する様に 」 の一文も書き添えて。

かくして、市報最近号において、単純な不備は見つからなかった。

『 読解力が危ない 』 という視点から見れば、市報の記事を任された担当者は、
「 読み手(市民)の読解力・理解力 」 への配慮が不十分だったと云う意味で 『 市民の心を読む ・・・ 読解力 』 が欠けていたように思えてならない。
役所に勤める人にとっては必要不可欠な素養である筈なのに ・・・

自分自身は勿論の事、他人に指摘をされないと気付かない事例はいくつもある。

そして
今の社会に於いて 『 危ない 』 事象は数えきれないほどに、日々発生している。

『 危ない 』 事に気付いた人が、その時、たとえ小さくとも 「 声を上げる事 」 が必要なのかもしれない。

庭の蝋梅
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2016年10月03日

ワールドカップ は 如何 ?

《 2020年東京オリンピックの予算が当初の計画を数倍上回って3兆円を超える ・・・ 》 とか。
物価の変動要因や数字のマジックが潜んでいるとはいえ、まるで国民への 「 ダマシウチ 」 としか言いようがない。
「 ズサン !!! 」 の一言では片付けられないほどの衝撃 ・・・

この事実が 「 氷山の一角 」 だとしたら、国や地方行政をつかさどる政治家や官僚の善意をどこまで信じたらいいのだろう ???

そもそも、なぜ、オリンピックをやるの ?
国威発揚 ?  景気の起爆剤 ?  平和の祭典 ?
もはや、前回開催された東京オリンピックの 「 夢よ再び 」 ・・・ とはいく筈もなく、
又、 「 人が人である限り 」 少なくとも “ 国レベルの平和 ” は永久に獲得できそうもありません。
今や経済は伸びきって、縮小傾向にある事は誰も肌で感じています。
人口減少の将来を見据え、「 身の丈にあった 」 規模で実施すればよいのです。

いっそ、オリンピックの代わりに競技団体ごとに、『 ワールドカップ 』 の道を探ってみたらどうだろう ?
「 国を背負っている! 」 と云う代表選手たちの、時に悲壮感さえにじませざるを得ない程の重荷を減らせることが出来るかもしれません。
「 賄賂や薬物の疑い 」 も、減る事が期待できます。
弱小国での開催が出来るかもしれません。
各種目の開催時期を分散する事になれば、4年に一度のオリンピックに比べて、年中、世界中の人たちが、報道を通じて、より多くの競技や選手の活躍を目にする事が出来ます。

野放図にすれば、オリンピックの競技種目数と経費は際限なく増加してしまいそうです。
人の習性とはそういうものです。

経済の伸び代に限度が見え始めたこの時点において、オリンピックの他にも、多方面のあらゆる分野に於いて、政治家や官僚に任せるだけではなく、我々民衆レベルでも、従来の流れや空気を見直す方向に関心を持つべきです。

今朝 の ポーチュラカ ・・・ 天候不順で、まだ夏の佇まい
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ふうせんカズラ は、少しだけ 秋の雰囲気
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2016年09月05日

水に流されてしまった ゴミ

『 連中の仕業には困ったものだ ! 』 
聞くところによると、
《お盆休み中、中東を祖国とする二十名を超すほどの団体が、昨年に続いて、川原へ繰り出して遊んで行った結果 ・・・ 残された ゴミ、ごみ、ゴミ ・・・
しかも今年は、散乱したゴミの一部は、ご丁寧にも、空き缶で見事な小山が築かれていたとの事。 》

馴染みのテニスコートで耳にした情報を確かめて見ようと、コート脇に続く小道を川原へ車で乗り入れたのだが ・・・

台風の大水に先を越されてしまっていた!
大水は、小道の際まで至る葦原をなぎ倒し、言うまでも無く、話に聞いた空き缶の山とゴミの散乱を跡形もなく流し去っていた。

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河原への小道に点々と散乱している
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「 ・・・ を水に流す 」 という言い回しが、中東の国々に存在するとは思えないのだが、と思いつつも、 
汚された川原を見て見たかった!! 中東の人々のゴミ感覚を、モラルの程度を ・・・

もたらされたゴミ情報への私を含めたテニス仲間の反応は、暗黙の共通認識を持ってしまっている。
 「 わが国民は、遥かに勝ったモラルを身に着けている 」 

どうかな ???

数十年前、私の生まれた集落では、何処の家でも当たり前な習慣があった。
それぞれの家で発生した不用品を、集落の中央を流れる谷川に放り落としていたのだ。
崖にぶら下がったり水辺に積もったゴミの山は、少なくとも年に一度以上の大水によって跡形もなく完璧に姿を消していた。

そして、今、
生活ごみを水に流してしまう ・・・ という悪幣は影をひそめたように見えるものの、

このゴミ問題は、
過剰ともいえる科学技術の発展と、それに伴う生活環境の変化の中で、我々が生活の便利さをひたすら求め・享受している間に、とてつもなく、想像を絶するほどに肥大化し、深刻化してしまっているらしい。
身の回りから宇宙規模に至る迄、 「 非可逆的に !! 」

言うまでも無く、
周囲への配慮が欠けた人達によるゴミのポイ捨て(習慣)は、自ら、生活圏の景観を汚し、
空気の汚れは温暖化を増長し、
海水では 「 マイクロプラスチック 」 の存在が食物連鎖に暗雲をもたらし、
空の上までも、 「 宇宙ゴミ 」 で満たされているとか ・・・

それにしても、地球上に棲む誰もが、意識の有無にかかわらず、 「 より良い幸せ、快適な生活 」 を希求している筈なのに ・・・ なんという不条理 !!!

私に絵をかく才能があったら、ぜひ、描いてみたいものである。
世界中の全ての人々が 《 空に向かって “ツバ” をしている 》 醜い姿を ・・・


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2016年07月18日

没法子 (メーファーズ)

その小さな出会いはとても印象に残るものだった。

昨日、菅谷館跡を中心に行われた 「 自然観察ハイキング 」 に参加して森の中を散策している最中の事。
たまたま出会った 「 公園管理ボランティア 」 と自称する古老の口から出た、自然環境に関わる歴史と現況についての話は、彼自身が訴えたくて仕方ない “ なげき節 ” だったのかもしれない。

【 菅谷館(すがや やかた)とは、畠山重忠(鎌倉幕府のヒーローの一人?)
の築城に始まって戦国時代を通じて規模の拡大を続けた、
全国屈指の土塁の規模を誇る平城 ・・・ とか 】

古老の “ なげき節 ” は主に川の変容ぶりと間違った行政の在り方に集中していた。

半世紀ほど前に比べて、水量の変動が激しい事 
その原因がひとえに国のまちがった森林行政による事
間違った政策を、責任を持って見直す部署が存在しない事

彼の主張を三段論法的に表現すれば、
国は、山林の有効活用を目的として、杉やヒノキの苗を無償(?)で提供して造林を推し進めた。
杉やヒノキは在来の雑木に比べて保水力に劣り、保土力(?)にも劣るために、
雨が降れば、水は一気に川を駆け下り、同時に、山の表土を削り取り、削り取られた土砂は川を埋め尽くし、
山はますます痩せこける。
その結果、雨が降らない日が続けば、水量が極端に減って、川を埋め尽くした土砂の表面は醜い草原になってしまう。

彼のかすかに気弱な表情は、 “ なげき節 ” と共にどうにもならない諦めの境地をさらけ出していた。

ふと、没法子(メーファーズ) ・・・ という単語が頭をかすめた。
戦時中に若者の間で流行った言葉 ・・・ らしい。
《 理不尽な戦争への参加を迫られた時の、どうにもならない “ 嘆き ” ?? 》

彼を森に残して、ハイキングの団体は 「 水質検査 」 を目的に川原へと足を踏み入れた。
県の担当部署に提出するという書類の設問 『 川は良い環境を保っていると思いますか? 』 に、迷わずに 『 いいえ 』 と記入した。

この川原にはとても一人では、怖くて、来たくない!!

鎌倉街道(?)の橋げたの下にて
( きれいな風景写真? でも、水の底は泥で覆われている。
水の流れる速度は、分速1m? ・・・ 淀んでいる )

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菅谷館跡のいたるところにヤマユリが咲いていた

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2016年07月04日

騙す人 欺く人

「 漫画 三国志 」 全25刊を読み終えた。
英雄たちが全知全能を傾けたその歴史物語は、むしろ、人間物語として、刊を重ねるごとに面白さを増していった。

読後の感想は、「 二千年弱を経ても、人は少しも進歩して無いな ――― !! 」

たまたま、新聞記事が目に留まった。
先の熊本大地震について掲載された、木造建物被害の調査結果である。

新聞記事の見出しは 『 新耐震でも倒壊80棟 』 
『 国土交通省の国土技術政策総合研究所が、新基準で倒壊した80棟などを詳しく調べた結果、柱や、柱と柱の間に入れる 筋交い と呼ばれる補強材の端が、2000年以降の基準では許されていない弱い工法で固定されるなどしていたという 』

明らかに 「 手抜き 」 である。

「 三国志 」 に繰り返し描かれている 「 裏切り 」 と全く変わらない!

建築業者の 「 手抜き 」 は、地震直後から自分が案じていた通りだった。

近隣に住む、ある建築関係業者さんの実体験を基にした話によれば、我が家の事例を持ち出すまでも無く、建築業界における 「 手抜き工事 」 の実例には枚挙にいとまが無いらしい。

壁の中や天井裏に隠れてしまう 手抜き は、普通は見ることが出来ない。
普通は 「 大工さんを信用しているから、不正を見ようともしない 」

が ・・・
騙す人、欺く人の存在が永遠に無くならないとすれば、
そもそも 手抜き工事の要因 は、基をただせば 「 政治 」 にあるのかもしれない。

「 建築基準法を改正したからもう大丈夫!! 」 ・・・ では無いのです。
「 法律・決め事は破られる為にある 」 のです。
「 建築基準法の改正 」 だけでは、 「 政治としての仕事は不十分 」 なのです。

政治家は 「 人間 性悪説 」 に基づいた 《 法律違反を許さない緻密なシステム作り 》 を進めなければなりません。

官僚(役人)は、そのシステムが完璧に実行される様、しっかりと 「 仕事 」 をしなければなりません。
少なくとも  「 手抜き工事 」 ならぬ 「 手抜き仕事 」 は問題外です。

同時に、私たち市民の意識の高まり無くして、「 迫りくるさまざまな天災あるいは人災 」 に対して、「 大きな不安 」 は拭えないのです。

三国志の時代から千年以上経っているのに、「 人類としての知恵 」 に全く進歩がみられない事に
「 がっかり ・ うんざり 」 です!!

2ndガーデンの グラジオラス が真夏を運んできた!
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2016年06月03日

南部鉄瓶

台湾国立高級中学校の子供たちを民泊として受け入れる機会を得た。

それは、「 漫画の三国志 (知人が貸してくれた25刊) 」 を中ほど迄に読み進めた頃と重なって ・・・

「 三国志 」 時代に植え込まれたDNAをそのまま引き継いだ様な彼の巨大な国の指導者や大勢の旅行者の行動をニュースの世界でしか知らない自分にとっては、その国民性への認識を新たにする機会でもあった。
国の体制は違っても、「 三国志 」 の時代の血をその体に、ほんの一部だけでも引き継いでいるであろう彼らは、予想を超えて極めて 「 物静か 」 な印象を残してくれた 。彼ら4人が1時間もワイワイと盛り上がった薪割り体験の最中に於いてもさえも ・・・

いずれにしても、
まったく当然の如くに、国内であっても台湾の子供たちであっても、ほぼ一様に、素直で礼儀正しく、積極的に家事を手伝ってくれる。

「 良い子 」 なのである。

ただ、経験的に予測できることは、
ケガレのない ・・・ とでも形容したくなるほどの 「 良い子 」 がそのまま 「 良い大人 」 に成るはずもないし、成れるはずもないし、成る必然性もない。

と云う事はわかっていても何故これ程までに 「 大人社会 」 では、醜い姿が目立ってきてしまうのだろう!

例えば権力者が強欲にハマった結果、
「 ウソ・ゴマカシ ・・・ は必ず暴かれる 」 という経験則を知らない筈は無いのに ・・・


ところで、
台湾の子供たちと入れ替わりに、我が家へ、新たな仲間がやってきた。
その姿は、美しさと重量感を伴いながらも気品に包まれた雰囲気を醸し出している。

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南部鉄瓶である。

私自身の血中鉄分欠乏傾向の改善に一役買ってもらえれば ・・・ という理由で購入。

「 ウソ・ゴマカシ 」 の存在し得ない新しい仲間との付き合いは、鉄分の補給に加えて、自分の心に静かな安らぎをもたらしてくれるに違いない。



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2016年04月25日

文化財を守る スマートな若者たち

「 こちらの方々が、現在進行中の工事に携わっている、大工・左官・屋根ふき職人の皆さんです 」

国の重要文化財に指定されている古民家の 「 保存修理作業の公開見学会 」

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享保16年(西暦1731)の建築を表す 「 祈祷札 」
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驚いたことに、見学に先立って紹介された職人さんたちの年齢は、その殆どが30歳前後(?)と思わせるほどの若さ!!

1年を通して、歴史的建物の修理・修復作業を手掛けているらしい彼らは、遠くは京都から派遣されているとのこと。
開会式で、ヘルメットと法被に身を包んだ彼らの “ 気負いのない立ち姿 ” は、
時を待たずして、職人さんたちへの若さからくる一種の違和感を、私の心の中から、すっかり取り去ってしまっていた。

そして、そのごく普通な “ 気負いのない立ち姿 ” の中に、『 自負と責任と誇り 』 を見たように思えた!!

ヘルメットから艶やかな髪を覗かせた妙齢の職人さん。
小柄で華奢で、一見、頼りなさそうでさえある若い大工の棟梁。

国の重要文化財の修理・修復作業をこの様な若者たちが背負っている!!
黙々と作業を続ける彼らの後ろ姿に向かって、思わず、心の中でエールを送らずにはいられなかった。

静寂の中で土壁を塗る女性の左官職人
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大きなハサミで萱の端部を切りそろえる屋根ふき職人
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折しも、 「 偽証・改ざん・不正 」 の文字に占有されてしまったかの様な、不快な新聞記事を目にした朝の見学会。

彼らのおかげで、一転、
“ すがすがしい気分 ” に満たされて、良い一日が始まったのである。

それにしても何故?
修理・修復作業に携わっていた若者たちは、これほどまでスマートに見えたのだろう ・・・
一方で
超・優良企業である筈の組織は、愚かにも、これ程までに 「 偽証・改ざん・不正 」 を繰り返してしまうのだろう ・・・


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2016年04月18日

薪の備蓄 ・・・ 2~3年後に備えて

【 備えあれば ・・・ 】 子供の頃から聞かされていた格言の様に記憶しています。
が、
思いようによっては ≪ 身の回りは、憂いだらけ ≫ なのです。

自分の家をあのような地震が襲ったらどうなってしまうんだろう?!
あのような辛い環境に晒されたら、自分はどうなってしまうんだろう?!

無意識の中の 「 ジコチュウ 」 を後ろめたく感じながら、2~3年後の冬に備えての薪つくりです。

今回は初めての試みとして、
竹をこんな具合に地面に敷き詰めた後、囲い壁になるように薪を積み上げて、

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その内側に、形の悪い薪を放り込んでいきます。

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目指すはこんな薪の山に ・・・ この山は来シーズン用、2×3間サイズのブルーシートで覆ってあります。

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借地を利用しているので、屋根付き薪置き場は一つだけ

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またまた被災地への思いが頭を巡っています。

如何に技術が進歩しようとも、「 自然の力 」 の前に於いては、ただ、ひれ伏すばかりです。
地球に生を受けている限り、それに起因する利益も不利益も 「 宿命 」 なのです。

思わぬ幸運も、想定外の災害も、体と心の状態に大きなストレスをもたらすに違いありません。

だからこそ、普段の可能な範囲における 【 備え 】 が必要なのです。
「 物理的な備え 」 は勿論、「 精神的な備え ・・・ さまざまなストレスに対応する一種の覚悟? 開き直り? 」

いずれにしても、様々な報道を通じて、被災した方たちの 「 笑顔 」 の見られる日が一日も早く訪れる事を待ち望んでいるのです。


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2016年02月22日

『 水没者 』 の 意図?

去る2月8日投稿の記事がきっかけで、知人からこの書籍が手元に届けられました。

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著書は、ダムの建設が決まった事により移転を余儀なくされた50余名の方たちからの口述を、方言を忠実に守りながらも著者が筆記した、400ページ弱の大作として構成されています。

口述者から得られたそれぞれの人生の実体験に基づく想い出の記述は、その前半に於いては、大正末期から昭和初期の世相を今に伝え、後半に於いては、人生の総仕上げに入ろうという、つかの間の安定期間に突然に降ってわいた “ 移転 ” に翻弄される悲喜こもごもの感情が臨場感を持って読み手の心を引き付けてくれるのです。

書に見る大正末期から昭和初期の 「 生きる厳しさ 」 は、自分に想像以上の衝撃を与え、
一方で、必ずしも合理的でないかもしれないダム建設を主導する官側が手練手管を尽くす中で、村の人々に対して長年に亘って、やりきれない不安や不満・絶望をもたらし続けながらも、最終的に 「 諦め 」 に至らせたその経緯も垣間見えたりするのです。

口述を通した実録書が、如何に重みと価値を持つことか ・・・
歴史的・民俗学的資料として、今と将来を生きる多くの人たちに、ぜひ、この書の存在を知って頂きたいものです。

時代の波に翻弄されながらも地道に生き続けてくれた先祖の存在があったからこそ、今の自分たちがあるのですから ・・・ 
そして、未来に引き継いで行く立場にあるのですから ・・・


話題は変わって、
口述筆記して戴いた文書を読み進めるにしたがって、次の、今までとは違った想いが、自分の中に湧き上がってきたのです!

≪ ダム辺に建つ碑文の一部の表現 『 水没者 』 は、私が考える 「 ダム工事を直接の原因として亡くなってしまった人 ・・・ ではありえないから、表現が不適切ではないか! 」 には相当しないのではないか? ≫

それぞれの人たちの思い出や歴史の刻まれた 家・畑・山・小川・小道・あぜ道・峠道。
数百年は続いたであろう 地域の人同士のつながり・地域の文化・祭りや行事。
そして、そこでしか味わえない空気や山々の色彩の移り変わり ・・・ 等々、

「 望郷の碑 」 を建立するに際して、『 これらの全てを失わされてしまった ・・・ と云う、やりきれない感情 』 を、如何なる表現を碑に刻して後世に残すか? を考えた時、

苦悩の中でようやくたどり着いた、自虐的とも言える  『 水没者 』 の表現をあえて使ったのではないか?

 ≪ 私たちの魂は水に沈んで亡くなってしまったのだ ・・・ と ≫

人の操る言葉は、時として、恐ろしい程の 「 深謀遠慮 」 を表現します。

『 水没者 』 の表現は、単なる間違いではなく、
固い意思を持って石碑に刻み込んだ ≪ 子孫への伝言 ; 隠されたキーワード ≫ なのかもしれません!!

70戸を超える村民の暮らしと伝統を奪い、自然を破壊してしまった人間による行為の是非を、数十年、数百年後に、必ずや ≪ 検証して欲しい ≫ ・・・ と。



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2016年02月15日

生長 と 成長 の 限度

この地に居を構えた当初に様々な樹木を植えまくった結果、庭は、数年ですっかり林の如し ・・・ は良いのですが、樹木の生長は止まることなく ・・・

中でも目を見張るのは、このケヤキ。
親指の太さほどの幼木を山から失敬して庭の真ん中に植えたら、
何と、今ではこの通り ・・・ 根元の幹径は約1.8メートル。

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昨日は、春の陽気に急かされるようにケヤキと銀杏の整枝作業を始めました。

整枝前
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整枝後
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自分の手に負えなくなってしまわない様に、毎年、木々の頭を詰めて生長を止めているつもりなのに、
家主の都合にお構いなく、日々、生長していくのです。

ふと、彼らの将来を思ったりします。

人の手が加えられなければ、少なくとも、彼らは自分よりも100年単位で長生きするはずです。

そして、
いつの日か、彼らの生長 (成長) は、固有の遺伝子の働きによって限度に到達し、やがては姿の整った成木となっていくに違いありません。

社会の急激な変貌を見ていると、間違ってもそのような日が訪れる事は無い! ・・・ 筈、ですが ・・・

そんな悠久の時に思いを馳せていたら、やたらと、新聞紙上には経済活動に関わる 「 成長 」 の文字が躍っている事に気が付きました。

企業は貪欲に 「 成長 」 を画策し続ける。
大都市は野放図に ・・・ と表現したい位に 「 成長 」 を続ける。
政治を預かる人たちは 「 成長 」 の言葉を呪文の如く唱え続ける。

単純な疑問ですが、これらの 「 成長 」 には限度が無いのだろうか?

庭の木々が成木となっていくように、 「 成熟 」 の時代は来ないのだろうか?

一見心地よい 「 セイチョウ 」 の響きの陰には、同量の 「 心地悪さ 」 も存在するはずなのに、

残念ながら、
人が作り出した経済活動は 「 成長 」 を制御する遺伝子を持ちあわせているとは思えません。
結果として、成熟の機会は、宿命的に訪れない ・・・ と見た方が良さそうです。

どのような理想を説いたところで、おそらく 「 成長 」 による社会の歪み ( 個人レベルから地球レベルまで ) は永久に無くならない事でしょう!!

意の向くままに、
地上に現れた “ 春 ” を眺めながら ・・・の妄想です。

クリスマスローズの芽吹き  ケヤキの周囲にめぐらせてある
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セツブン草  イチョウの枯葉に覆われて隠れていた
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2016年02月08日

『 水没者 』 ??

こんな碑文に、つい “ うっかり ” と気づいてしまいました。

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右端に刻してある 『 水没者 』 って、もしかして、水に沈んで死んでしまった人の事??

去る1月3日、いつものコースを自転車で遠乗りした際、走りながら、“ うかつにも ” 目に入ってしまったのです。

何年も続けて同じコースを走っていたのに、
そして、何度となく、同じ碑を目にしていた筈なのに ・・・

人の  認知力というか、 判断力というか  感度というか、
何とも当てにならないものです!

自転車で走って通り過ぎながら、
「 何かおかしくない? まさかこんなに人が亡くなってしまったなんて! 後日、同じコースを走って確認してみよう! 」
とは思ったものの、

家に帰ってから、なぜか どうしても気になって、

とうとう、その日のうちに、車を駈って、
再確認と、写真に収める為だけの目的で現地へ舞い戻って ・・・

何とも 「 ばか 」 な自分を見ている気分!!

そして、何とも厄介な性格!! 
気付いてしまったが故に、知ってしまったが故に、

≪ 地域の問題 ≫ として、何らかの行動を起こさなければならない!! ??

≪ 『 水没者 』 として、水に沈んで死んでしまった人 ≫ を救い出してやらない事には、名前を刻まれた方は言うまでもなく、地域も浮かばれないのでは?

とは言っても、問題の難易度は非常に高く、
「 人は 情 と カネ で動く 」 という、どこかで聞いたフレーズを思い出してはみたものの、確かな方策も、解決の自信も全くなく、

知人、役所、議員さん、などを頼って、問題解決の本丸に近づこうとしているのですが ・・・

どなたか、解決方法があったら、ぜひ教えて戴きたいものです。

ところで、
幸か不幸か ・・・ という視点で考えてみると、
誰の人生にも、「 知らなければよかったのに ・・・ 」 「 気づかなければよかったのに ・・・ 」 という、ある意味での後悔の念が、数限りなくあるのでは?
いずれにしても、「 他人よりも多くを知っている 」 という事実が、必ずしも 「 幸 」に結びつくとは限らないのです。

言い方を変えれば、敏感すぎれば、やがては 「 過敏 」 となって、自らに過負荷を掛けてしまう事もあるのです。

何事も 「 適度と云う意味でのテキトウ 」 「 程よいバランス 」 が必要なのです ・・・が ・・・・・・。



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2015年12月28日

コ ・ ピ ・ ペ の深層心理と ブラック企業

流行している? でも無く、横行している? でも無いのですが、
「 コピペ 」 という言葉をよく耳にした一年だったような ・・・

コ・ピ・ペ ・・・ いやな響きです!!

ひたすらに 「 安易 」 を求めるが故に 「 自己 あるいは 個人 」 の存在価値を自ら否定し、存在意義を自ら放棄してしまう様なイメージ。

何とも品性の欠けたこの言葉の出現は、この一年の間に発生したさまざまな事件的社会現象と、その根っこは皆同じ、と思えて仕方ないのです。

「 偽装 」 「 ねつ造 」 「 改ざん 」 「 手抜き 」 「 虚飾 」 「 歪曲 」 「 詐称 」 等々

これらの、必ずしも愉快でない社会現象の根底には、私たち人間が抱え込んでしまった、ある意味での 「 宿命 」 が関わっているのです。

今風に、その 「 宿命のキーワード 」 を自分流に表現すれば、

己以外の 他の人・他の組織・他の社会・他の世界 に対して、
   労 を、より最小限にして、
   功・効・利 を、より安易に、より楽をして、より速く、・・・ 

一言で、人は 「 自己中心利益追求型 横着生物 」 ??!!

とは言っても、ただ 「 シカタナイ 」 のです。
人間と云う生物の遺伝子の中に、途方もない時間をかけて組み込まれてきてしまった要素に基づいた結果なのですから。

ひとつ気になる事は、
功・効・利 を求める手法が、あまりにも近視眼的で稚拙に過ぎないか?

近視眼的で稚拙な手法は、必ず、社会的非難を招きます。
「 シカタナイ 」 とは言っても、一般人から見た愉快でない社会現象は、必ず、いつか、白日の下に晒されるのです。
誰でも判っている筈なのに ・・・

「 悪い事・うそ・芳しくない行為 は、バレる為にある 」 ・・・ のです!!


◇ それに近い現象を垣間見た、あるレストランでの体験 ◇
  そこで見た、目に余るサービス精神の欠如は、一種の流行? それとも
  横行??!!
  もしかして 「 虚飾に満ちたブラック企業? 」 と思ってしまい
  そうな ・・・

   今風な、瀟洒(しょうしゃ)でありながらもかなりの大型店舗。
   電子端末をテーブルに備えて合理化の最先端を見せつけてくれたその
   職場で働く若い従業員には、本当の笑顔が無かったのです。
   彼らが、個々に抱いているであろうサービス業に携わる一員としての
   心得を備えていたとしても、極限まで切り詰められてしまったと伺える
   人数で、客を満足させられる筈はないのです。

   工学的用語でもある 「 あそび 」 に裏打ちされた 暖かさ、が
   全く見られないのです。

   個々の問題  ≪体を温めようとして注文した鍋物が、注文後30分を
   超えて、しかも、全く火を通さないまま、携帯コンロに乗せられて、
   一言のお詫びもなく≫  以前に、管理者(目先の利益追求側)の姿勢が
   大問題なのです。

話は元に戻って ・・・
コ・ピ・ペ の心理的深層に存在するものの実態は、はたして
「 流行 」 なのか、あるいは、その対義語である 「 不易 」 なのか?

もっとも 「 不易流行 」 という言葉さえ存在するのだから、
人間社会は、なんとも虚実入り乱れた奇怪な世界、と認識する方が正解に近いのかもしれません!!

とは言っても、例えば、レストランに於いて、サービスをする側、される側の両者には、 一人の人間としての 「 心 」 が存在する事も 「 不易 」 の事実なのです。

今朝、我が家の庭 : 何の飾り気もなく、ただ、緑に覆われている001.jpg


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2015年12月21日

温暖化危機 の 「 見える化 」

私ごとですが、
我が家のリフォーム作業を通して、身近では手に入り難いさまざまな材料・部品・工具は、その多くをwebで注文し、それらのほとんどは、考え得る最短の時間で配達されたのです。

欲しいものが、欲しい時間帯に、玄関までも、
たとえ、どんな少ない数量・どんなに軽い重量・どんなに小さな商品でも配達してくれる!

需要側からは 「 手に入れたいと思い立ったら 」 今すぐ、にでも ・・・!
供給側からは 「 他社に劣らない範囲で可能な限り 」 より早く ・・・!

この何とも有難いシステムを享受しておきながら、その過剰とさえ思える便利さに疑問を感じるのは自分だけでしょうか?

ところで、 
【 温暖化 】 【 異常気象 】
“ 恐怖 ” と捉えるべき 人工現象 です!!

日々の報道を待つまでもなく、誰でも肌で感じている筈なのに ・・・

そして
まったく “ 不条理 ” な事に、
我々ひとり一人の日常的行動が、その恐ろしい自然現象の増幅に、疑う余地なく、加担しているのです。

地球的規模でもある “ 恐怖 ” の低減対策には、 【 国際間の約束 】 と云う意味での 政治 が必要ですが、
その 【 国際間の約束 】 は、過去の歴史を見れば明白なのですが ・・・ 
なかなか ( もしかしたら全く ) 当てにならないのです。

人は “ 空気 ” に流されます。
付和雷同もします。
基本的に ジコチュウ が故に、自分さえよければ ・・・ 今さえよければ ・・・ と、無意識の内にも行動してしまう傾向にあります。

だからこそ、身近な意味で 政治主導 が必要なのです。
例えば、数十年前のこと、石油危機が勃発した時に強制的 (?) にエネルギーの消費制限をした様な ・・・

確かあの時は、東京タワーの灯り が消えた ・・・ と記憶しています。

「 みえる化 」 する事によって、物事はいっそう判りやすくなる。
誰にでも理解できる 経験則 です。

夜の東京タワーが見えなくなると云う 「 みえる化 」 があったからこそ、国中が 【 危機 】 を肌で感じ、政治の主導に理解を示し、記憶に残す事が出来たのです。

必ずしも当てならない 【 国際間の約束 】 を果たすべく粘り強い政治的努力を続ける一方で、
【 危機のみえる化 】 を計る事によって、【 危機の空気 】 を蔓延させることが出来なければ、そして、より多くに人に 肌 で感じてもらえなければ、
この 【 危機 】 から脱出する事は、とうてい不可能にさえ思えます。

今こそ 政治 の出番なのです。
「 ジコチュウ な 人間ども 」 に占領されてしまいそうな 閉鎖された物体 「 地球 」 を甦らせるために ・・・

ただ、何とも、ややこしい事に、
「 政治 」 とは言っても、所詮、 「 ジコチュウ な 人間ども 」 によって作り上げられるもの ・・・ 動かすことのできない、社会システムの現実です。

あ~~、自分の頭の中は またまた混乱スパイラル ?!?!

気を静めようと畑を歩いたら、
我が家の 2ndガーデンも混乱スパイラル、真っ最中?!

落葉の始まらない ブルーベリー ・・・ 未だ、秋が終わらないと思っている?002.jpg

今にも咲きそうな 蝋梅(ロウバイ) ・・・ もう、春が来たと思っている?001.jpg



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2015年11月13日

技能 が消える ・・・ 竹細工職人

ボロボロに傷んでしまった “ 竹籠 ”
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ストーブ燃料用の薪を運ぶための、我が家にとっては無くてはならない “ 竹籠 ”
が、十数年の使用に耐えた二代目も、とうとうこんなにも劣化してしまって ・・・

三代目を、と、わが市に住む “ 竹細工屋さん ” に、この8月に注文しておいたのに、約束の10月末になっても、未だに手が付けられないとの事。

自らも簡単な作品なら手がけるという“ 竹細工職人 ” の奥様の話では、

“ 竹細工職人 ” は、現在、この市でもこの県でもおそらく一人だけ
県外から訪ねてくるお客さんもあって、全く仕事がさばききれない
“ 竹細工屋さん ” のご主人はなんと80歳
背中は曲がりきって、力も衰えて病気がち
素材となる “ 素性の良い竹 ” の収集さえままならないらしい

竹製品の需要が盛んだったころに作ったという、虚無僧の被り物 など眺めながら
奥様の話に30分以上も夢中に聞き入ってしまったのです。

“ 竹細工職人 ” が消えてしまう
技能が消えてしまう
・・・ が消えてしまう

何の手立ても持ち合わせていない自分なくせに、
ただ、残念で、悲しくて、もどかしくて ・・・

人々が、貪欲までに便利な生活環境を求め続け、それらを獲得し続けている結果として、目に見えない所で、様々な物事が消え去っていくのです。

何百年、何千年もかかって、幾多の祖先によって洗練されながら築きあげられて来たであろう技能が、たった数十年の間に消え去ってしまうとしたら、
現代に棲む我々は、何という罪なことをしている事になるのだろう!!

が、しかし、客観的に見れば、
時代が変わる ・・・ それは、「 新しい物事の発生と、古い物事の消滅 」 
歴史を振り返るまでもなく “ 当然の事 ” と、理解すべき事柄なのかもしれません。

話題は元に戻って、
いずれにしても、薪の運搬手段をどうにかしなければ ・・・

三代目の “ 竹籠 ” の見通しが立たないので、劣化してしまった二代目を修理して使う事に ・・・

籠の底を板で補強して
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籠の上部にある 「 タガ 」 が抜けて外れない様に針金で補強して
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ゴミ落ち防止用の布袋を 「 タガ 」 に縫い付ける様にテグス糸でしっかり固定して
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修理を終わったら、この通り頑丈な籠に変身!! まだ十年は使える??

やっぱり、手をかけてみるものです。

自然素材を使って、計り知れない技能の積み重ねの上に作られた この “ 竹籠 ” は、
材質が劣化しても尚、ストーブの片隅に存在するだけで、これを目にする人の気持ちを安らかにしてくれるのです。



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2015年09月28日

パーキンソンの経験則 ・・・ 人間の非合理性

新国立競技場の建設に関わる問題をテーマに書かれた、新聞紙上から転記。

・ 役所の仕事の量は、完成の為に与えられた時間をすべて満たすまで膨張する
・ 支出の額は、収入の額に達するまで膨張する
・ 組織と云うものは、間に合わせの建物の中でこそ活発に実を上げるもので、初めからいかめしく作られた建物では、生産力の向上は望めない
・ 公的な施設の完成は、その機関がピークを過ぎ、衰退期に入った時点で実現する

これらは、英国の歴史家 パーキンソンが、人間の非合理性に関する覚めた洞察から導いた経験則の一部だそうです。

ところで、
少しばかり品性にかける表現なので身近ではあまり言葉にできませんが、私にも経験則があります。

それは、「 人は偉くなると “バカ” になる! 」

パーキンソンの経験則に比べるのはかなりおこがましいのですが、その意味するところはほぼ同じです。

当然のことですが、人は、たとえ偉くなくとも、所詮、合理性の下でだけ生きられる筈もなく、
結果として、ある意味で愚かであり、
また、ある意味で、大してお利口ではないのです ・・・ 特に “集団” に於いて。

話は飛躍しますが、
様々な面で顔を覗かせる 「 人間の非合理性 」 は、結果として、

止むことなく 人間社会の規模を問わないあらゆる場面で、平穏を脅かし、
止むことなく 環境への悪影響をもたらし続けるのです。

これらの現実は、まったく 「 皮肉な事 」 に、
全ての個人が、「 豊かで平和で、平穏な社会 」 を願っているにも関わらず ・・・ です。


夏のなごり ・・・ 苺畑の中で、まだまだ盛んな “ ムクゲ ”
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2015年07月18日

ホンモノ の Legacy

他人を差配できる立場の人間は、概ね、時として大きな勘違いをして 「 足跡をアピールしたい 」 という、傲慢とも思われてしまう様な、衝動に駆られる傾向にあります。
「 フツウの人として持ち合わせていた頃の常識 」 を、いつの間にか忘れてしまうのです。

一昔前の政治家は特に、その傾向が顕著であったような気がしてなりません。
あの道路は自分が作った!
あの橋は ・・・
あの鉄道は ・・・

それらの結果、国民が気づいた時には、目もくらむような莫大な借金を抱えてしまって ・・・

そんな状況を少しでも改善すべく、国民が多くの負担を強いられようとしている時に ・・・
一方で、「 ハコモノ政治 」 による 「 ツケ 」 の大きさにようやく、少しずつ気付き始めた時だというのに ・・・

予算への思慮を欠いたまま、デザイン優先で決定してしまうとは ・・・・・・

言うまでもなく、例の 「 新国立競技場 」 の事です。

建設費と維持費は誰が負担するのですか?
建設の決定に携わった政治家や有識者と言われる方たちや、官僚たちの残された人生においては、負担の機会も額も極めて小さいのです。

「 ハコモノ政治の限界 」 という、この数十年の間に学んだはずの教訓が全く生かされなかったことに、「 人間の愚かさと進歩の無さ 」を想わずにはいられません。

が、
どの様な政治的力学が働いたにせよ 「 建設計画を白紙に戻す 」 というニュースには、一瞬とはいえ 「 涼風 」 を感じます。

言うまでもなく、「 山登り 」 で象徴されるように、前に進む事よりも、引き返す事の方が数倍大変で勇気のいる事なのです。

自分があの 「 国立競技場 」 を作った! ・・・ などと云う実績など、少なくとも世代が変われば簡単に忘れ去られてしまいます。
俗な言い方をすれば 「 屁 でもない 」 のです。

結果として各機関への 「 約束違反 」 が発生したら、今までに培った知恵を総動員して謝れば良いのです。
人の行動には 「 過ち 」 が常に付きまといます。 
それがフツウです。 気づいたら正せばよい事だけです。

「 謝罪する側の勇気 」 と 「 謝罪される側の寛容さ 」 があれば、社会集団も国同士もギスギスすることなく、もっと楽に暮らせるはずです。

「 膨大な費用を後世に残さないために、計画を白紙に戻した 」 という実績は、「 ホンモノ の Legacy 」 として語り継がれる可能性を秘めているようです。

「 膨張が当たり前 」 のごとき社会傾向に対して、一石を投じた勇気ある決定は、歴史上において伝説になるように思えるのです。

言うまでもなく、この勇気を後世の人たちが引き継がなければ何の意味もありませんが ・・・

話はおおきく変わって、
台風が運んできた多少の涼しさのおかげで、我が家の昼食は「 夏ピザ 」 

改装工事で発生した不要な杉板を、焼却を兼ねて燃やしたら、容易に温度が上がって、ストーブの暑さなんてナンノソノ!

自家製のベーコン・ピーマン・バジル、の他に庭のシソを載せてみました。
真夏でも、暑さを多少我慢すれば、薪ストーブを使ったピザが楽しめそうです!!

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2015年07月13日

安保問題 と 人の DNA

先日、市の運動公園で、目にした光景です。

運動公園の南側に位置する広い野球場では、大人の指導者の下に硬式ボールを使った少年野球の試合が行われていました。

一方、野球場の3塁側フェンスから4~50M離れた位置にはテニスコートのフェンスがあって、そのフェンスの北側に位置するコートではシニア世代を含めた愛好家たちがテニスを楽しんでいたのです。

そこまでは、いかにも平和な健康的な光景だったのですが ・・・

突然、全く偶然に、野球場外でワンバウンドした硬式ボールが、いかにも硬そうな 「 カツン! 」という音を伴ってテニスプレー中の人たちの真ん中に飛び込んでいったのです。

その直後、私の予想をはるかに超えた音量で 「 怒号と罵声 」 が、テニスコートから野球場に向かって、数回、発せられたのです。
聞き様によっては、いかにも大人げない 「 怒号と罵声 」 が ・・・

言うまでもなく、ファウルボールは全くの偶然の出来事です。
テニスコートにいた人たちが、かなりの身の危険を感じたことも間違いありません。
でも、
 「 怒号と罵声 」 を浴びせたところで、どうなる物でもありません。

少年野球の指導者とおぼしき人が頭を下げに来て 「 事 」 は無事に収まったのですが、

「 人間の持つ本能 ・・・ 言い換えれば、人間すべてが持っているDNAに基づく、防衛と攻撃に関わる当然の行動 」 を垣間見た気がしたのです。

いかに綺麗ごとを言っても、自身に危険が迫れば、程度の差こそあっても、
時には言葉による不快感を表現し、危険の程度が増せば防御し、反撃してしまう事さえあり得るのです。
そして、度を越して反撃し過ぎてしまう事さえ ・・・

普通、人間とはそういう性癖を持った生き物ものなのです!!

小さな事件をきっかけに、そんな事を改めて思い起こしながら ・・・

話は少し飛躍しますが、
国会では 「 安保問題 」 に関わる議論が佳境を迎えています。

国の将来の運命を左右する 「 安保問題 」 については、人間の性癖 ( 個人として・集団として・国として ) を抜きにして考えない訳にはいかないのです!!

国会の住人の方々には、人類が内包した性癖に基づく危険性を理解した上で議論を進めて頂きたいものです。

少なくとも、「 ふつう 」 の、個人・集団・国家 ・・・が、破滅に近づかぬ様、安全弁の設置と保守に関して、日々、継続的に努めて欲しいのです

どの様な議決がなされようとも、それは、ひとつの通過点に過ぎないのですから!!

庭のユリ
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2015年04月20日

春のノビル と 技術の進歩

自分の先入観のなせる業か? ・・・

『 ドローン 』 という単語の響きは、なぜか不気味な感覚を抱かせる。
もともとは音楽用語でもあると同時に、遠隔操作機器を意味する軍事用語でもあるらしい。

いずれにしても、ホビーの分野にも広がりつつあるこの新入りの技術と機器は、近い将来、身の回りに恐ろしい程に思いもかけない大きな変革を提供するであろう・・・と、確信的にさえ思えてならない。

一方で、
いつになっても騒がしく落ち着かない人間社会の出来事には我関せず !!
自然は確実に、着実にめぐってくる。

今日は、我が家の “ 2ndガーデン ” で、幼い “蕗” と “ノビル” を収穫した。

手前はふき 向こう側はノビル
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 蕗 は醤油で佃煮風に煮詰めて保存食に、ノビル の球根部分は味噌などを添えてビールのお供に ・・・葉の部分は酢味噌和えに ・・・

夕食の楽しみ
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次々と顔を覗かせる春を、消化しきれないほどに満喫していながらも、ニュースで知る科学技術の、果てしなく広範囲で急速な、到達点の見えない進み具合に、少なからず心の落ち着かない自分がいる。

春の恵みに、無心になって心躍らせる世の中が、ずっと、ずーっと続くことを願わずにはいられない。



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2015年04月01日

桜の花 鼻 DNA

桜の花を追いかけて、わざわざ、賑やかな人混みに繰り出すほど、もとから、桜見物への願望は持ち合わせていませんが、なぜか、この花の季節には、一種の 「 気持ちの落ち着きの無さ 」 を覚えます。

ソメイヨシノ程の艶やかさではありませんが、我が家のお勝手から眺められる 「 My SAKURA 」 は、毎年のことながら、写真に収めたくなってしまうのです。

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話は変わって、同じ 「 ハナ 」 でも 「 鼻 」 ・・・

言うまでもなく 「 花粉症 」 の話ですが、
先日、面白い話を新聞紙上で見つけました。

「 人間の体は、そもそも、原始時代、あるいは、石器時代の環境に適応する様に出来ている 」

わが意を得たり! 思わず膝を打つフレーズです。

住環境が、人間にとって快適になればなるほどに、免疫抑制物質が作られにくくなっているのだとか・・・ 少しややこしく、難しい話ですが ・・・

人類が誕生してから50万年という説がありますが、そのうちの大部分を原始時代として生きてきたわけであって、私たちを取り巻く環境が、信じられないほど 「 二次曲線的 」 に大きな変化を遂げてしまった今、現代人の体が、その変化に追いつける筈もありません!

50万年の中に育まれた 「 DNA 」 は、
一方で、 「 花 : ハナ 」 を愛でる事に通じ、
他方で、 「 鼻 : ハナ 」 をクシュクシュさせる事であって、
形は変えても、どちらも、その根源は同じなのです。

もしかしたら、生活環境が便利になればなるほどに、人類としての私たちの体の機能は、本来の 「 DNA 」 からかけ離れて、ある意味で 「 低下の傾向 」 を ・・・ 言い換えれば、 「 幸せでない傾向 」 を 示していくのかもありません!!

太いケヤキにめぐらせた “クリスマスローズ” が存在を主張しています。

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2015年02月16日

ふきのとう を 食べれる季節

あちこちで春が顔を覗かせています。
こんなに大きく育った 「 ふきのとう 」 が手に入ったので、味噌と一緒にフォイル焼きにする事にしました。

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写真の中央に置いた味噌は十数年物の大豆味噌 ・・・大豆味噌は年月を経るごとに黒色を増して、仕込んでから数年もすれば、見た目には汚い程に黒っぽくなってしまいますが、味は益々深くなるのです。

薪ストーブの上で
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仕込んでから十数年を経過した我が家の味噌は、なおさら黒く、より味わい深く ・・・

いずれにしても、年が明けて初めて口にする春の味と香りは格別であり、少し大げさな表現をすれば、生きている実感を味わうひと時ではあります。

ところで話は変わりますが、
タイトルに意識して書いた 「 食べれる 」 という表現 ・・・
「 “ら”抜き言葉 」 が市民権を得てしまったようで残念でなりません!!
もう一つ、「 “全然”良いです 」 という言葉も、たいへん気になる表現です!!

言葉は時代と共に変わっていくもの ・・・ と言ってしまえばそれまでですが ・・・

メディアがもたらす影響力の大きさを考えれば、「 言葉の保全 」 という観点から、特にラジオやテレビ放送に関わる方々には、もっともっと配慮してほしいものです。

耳障りな表現の垂れ流しは、
「 環境保全 」 に関わる、モラルを欠いた 「 “ゴミ”のポイ捨て 」 と同じ事の様に思えるのです。


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